本寿院

本寿院は第12代将軍徳川家慶側室であり、第13代将軍徳川家定です。

江戸城御所院番頭諏訪備前守に仕えた武士の娘で、大奥奉公に上がったおり御手付中臈となりました。
名はお美津の方です。

おとなしい気質であったという彼女は、家慶の死後は本寿院と称します。
家慶には多くの側室と子があったにもかかわらず、成人に達っしたのは家定だけであったため、本寿院は将軍の生母となりました。


篤姫とは将軍継嗣問題での対立はあったものの、江戸城を出た後は一緒に住まい、良い関係だったのではないかと思います。

なぜなら、篤姫が生涯にたった一度の旅行に行ったおり、彼女が篤姫に書いた手紙には、あなたがいなくて心細いとか良いナスができたので漬物にして食べさせてあげたいなど、本寿院の優しい心遣いが感じられる手紙を書いているからです。

二人がどんな関係だったかは今となっては分かりませんが、江戸城を出た後は、助け合いながら慎ましやかに暮らしていたのではないでしょうか?